ドイツで鍛える生活 15巻

ここまでのいきさつを読んでいない方は前書きから順にどうぞ。

 

 

1. いい人欲

いよいよ仕事もあと2日。

『退社』はドイツでも内緒にする風習があるようだが。

(参照:14巻:2.いよいよ会社残り1週間

何かしら挨拶くらいすることになるのでは?

と思い、『スピーチ』なるものを考えていた。

『このすばらしいチームで一緒に働けて云々~

ウーン。オチが

 

もーっ!オチがなーーい!と。

しばらく布団の上をゴロゴロ転がっていたのだが。

そのままフテ寝。

オチが見つからないストレスで。

どんぶり飯を食う夢を見た。

 

いよいよ。課の定例会議の日。

スピーチ。あるならここでしょー。

と思ったのだが。定例会議自体がなかった

 

では。最終日はどのように会社を去るか。

実は。ずーっと。

気になっていることがあるのである。

こちらの会社では。

『今日はボクの誕生日です。ケーキ焼いてきました。

キッチンにあります。みなさん食べてください』

みたいなメールが流れるのである。

で。これが誕生日だけでなく。

初出社日とか、勤務開始1周年記念日とかにも。

男女問わず、皆、ケーキを焼いてくるのである。

では。辞める時はどうなのよ?

 

うちの会社、だーれも辞めないので。

前例がなくてよくわからないのだが。

日本だったら『お世話になりました』と。

菓子折りを置いていくのもありである。

じゃあ。やっぱり。ケーキか!

と思ったのだが。

今までのケーキをよーく振り返ってみると

誕生日、結婚、子供が産まれた、初出勤日、入社記念日。

やっぱり。皆お祝い事である。

『会社、今日で去るのでケーキ焼いてきました』は。

ちょっと違うかもという気がしてきて。

焼かない方向性で行くことにした。

 

そして。この地を去る前に。

もう一つ気になっていることがあった。

1ヶ月ほど前。ドイツ人宅で

『日本食クッキング会』なるものを開催し。

(参照:13巻:1.日本食クッキング会

「次はスシやりましょう!」と言われていたのだが

さて。どうしたものか。

話が来なければそのままサクっと。

ドイツを脱出しようかな~と思っていたが、

やはり。そこの奥さんから

『スシはどう?』とメールが来た。

 

でたー。スシ

 

一体。誰がどのようにスシを海外に紹介し。

なぜスシだけが唯一の日本食であるかのように伝わり。

なぜこんなにも、

スシだけが1人歩きを始めたのか知らないが。

私が海外で過去も現在も。

どれだけスシを期待され。

どれだけスシを背負って生きてきたかわかるかー。

コノヤロッ(たけし風)。

 

で。まあ。話を戻すと。

小さい子供がいるお宅なので。

また出張料理人として行くわけであるが。

表向きは『一緒にやるクッキング会』なので。

買い出しも分担してくれる。

しかし。テキトーな米を買われてもダメだし。

かと言って。なにも買わせないと(上から目線)。

『一緒にやっている』感が薄れる。

よって。

その奥さんにも買えそうなものを選択し、

じゃあ。卵何個とネギを買っておいてもらって~。とか。

事前にアレンジするわけである。

 

そして。問題のクッキング。

人んちのキッチンと人んちの鍋で。

うどんを茹でるのはいいが。

米を炊くのはハードルが高い

 

しかも、その家。

普通の家と異なり超ハイテクキッチン。

火加減もよくわからんので。

あそこでぶつけ本番で米を炊くかと思うともうブルー。

 

そして。鍋。

鍋の蓋がちゃんとしていて且つ、

適した大きさでないとうまく炊けない。

できれば慣れた自分の鍋で。

自分ちで米をといで数時間水に浸けておきたい。

そのままご飯を炊き、酢飯を作っておきたい。

しかーし。そこまでやってしまうと

『スシができる過程をみせる』

というエンターテイメント性の多くが失われ。

米を『とぐ』という、

日本独自の米文化の過程も見えない。

それに。手伝ってもらうスキも与えないと。

相手も恐縮してしまう。

相手に『悪いな』って思わせるようでは。

エンターテイメントとしては失格である。

(そもそも。ドイツ人に『恐縮する』という感覚があるのか

かといって。現場で米炊きに失敗すると。

エンターテイメント自体が失われてしまうという

 

あーっ。もーっ。

ほんと。ニッポン=スシと紹介した人を恨む。

これはクッキング会というか。

もう。いわゆるエンターテイメント的Showなのである。

しかも。参加型のショー。

そして、成功も失敗も。

その脚本家兼現場監督+演出家の私にかかっているわけで

もー。わたしゃ、ほんと。

ニッポンを背負っているのですよー。

(ま。誰に頼まれたわけでもないんだけど

 

って。まあ。

そんなに悩むなら引き受けなければいいじゃないか。

という話なのであるが。

なぜに引き受けてしまうかというと。

せっかく日本食に興味をもってくれたなら~。

それで、日本食をおいしいと思ってくれるなら~。

という気持ちは確かにあるし。

それが大きな理由でもあるのだが

言い訳でもある。

というのも。本当のところは。たぶん。

いい人でありたいというか。

いい人と思われたい。

という私の欲のためにやっているのだと思う。

 

退社時のケーキをどうするか悩むのも。

スピーチのオチを探すのも。

『いい人欲』なわけです。

いやー。ほんと。いやらしいですねえ

これ。文字で表すと。ほんとひどい欲だな。

 

問題のスシクッキングは2週間後。

ドイツ撤退の前夜である。

その前にもう一つ山場。

毎週月曜恒例の会社のチームランチ(注1)もあるのだ。

(注1:毎週月曜日は1人がチームメンバーのために会社でランチを作る)

これはやきそばで行く予定。

 

さて。肉とじゃがいもとスープとピクルス以外。

受け入れてくれないルーマニア人同僚たちは

やきそばに対してどう出るのでしょうか。

口に合わなければ、昼抜きになるのよね

あー。それもプレッシャー。

 

あー。なんかほんと食に関する悩みが多い。

フツーの会社員としてドイツいるだけなんだけど

ドイツで働いている日本人のサラリーマンたち。

皆、こんな状態なんだろうか。

(絶対ちがうよねえ?)

 

どうでもいいけど。

日本政府よ。私に文化交流基金を分けてください。

 

 

         * * *  photo ↓* * * 

日本ではあり得ないこんな個室の職場環境ともあと2日で終わり。

これだけは惜しいねぇ。この部屋、10帖近くある。平社員なのに。

 

 

 

2. 最後のチームランチ

198912月。 

共産国だったルーマニアで革命が起きた。

そして。

その独裁者の象徴、チャウシェスクが銃殺された。

当時。中学生だった私はその一連の東欧革命を。

なんだか。スゲー。と思って見ていた

 

そして。まさか。将来。自分とルーマニアが。

どこかでクロスするとは思ってもみかった

 

                 * * * 

さーて。

出勤も残すところあと2日になったのだが。

実はまだ大仕事が一つ残っていた。

そう。この1年数ヶ月。

わたしが試行錯誤を繰り返してきた、チームランチ(注)。

その番が再びやってくるのだ。

(注: 会社で毎週、一人がチーム全員、5人分のごはんを作るイベントで、

担当が順番に回ってくる)

 

始めの頃こそ、私の番が来ると。

同僚のルーマニア人たちは『次は日本食だー』と。

はしゃいだものの。

いざ。現実としてお好み焼きなどが出てくると。

西洋とはまるで違う食べ物に戸惑い。

肉のおいしそうな香りもしないわ。

鰹節は自発的に踊っちゃうわで。

未知な食べ物に大いに困惑。

彼らの『食事』という概念から大きく離れた物は。

おいしいとかまずいとかいう。

次元の話ではなかった

 

サラダを出してもパリパリしたところを残し、

カレーもNG。魚は苦手。

お好み焼きもダメ。目新しいものはダメ。

お肉とジャガイモを出すと喜ぶ。

(ルーマニアもドイツと同じく寒冷地のためか、ドイツ人同様、肉とジャガイモが好き)

 

なんだか私は。彼らの味覚の封鎖性に大いに失望し

慣れていない。経験がない。ということが。

どれだけ壁になるか絶望するほど知った。

 

日本で皆が喜んでくれた料理は誰も喜ばなかった

料理は好きだし、得意だと思っていただけに、

もー。かなり撃沈。

ベルリンでも、オーストラリアでもウケたのに~。

もー。なんで~?田舎もんがーっ!と。

自分を責めずに彼らを責めた。

そして。チャウシェスクだって責めた。

チャウシェスクめ~。お前のせいじゃ~。と。

味覚の封鎖性を。

過去の共産国の封鎖性のせいにした。

自由にものが手に入る社会でなかったせいだと 

 

まさかねぇ。チャウシェスクが

私の日常生活に介入してくるとは思ってもみなかったが

(ってまあ。勝手に怒りの矛先を作っただけとも言う 

 

ともかく。この世には。

自分がおいしいと思うものを。

全ておいしくないと思う人がいることも初めて知った。

そして。私は日本食を封印した

 

しかーし。

やはり。残りの日々もわずかとなると。

彼らにもおいしいと思える日本食もあったのではないかと。

後悔し始めていた。

 

とりあえず、彼らの好みを分析すると

寒冷地 + 大陸系の食文化なので。

魚は好まないが肉は大好き。

パリパリした生野菜より、

ヘタヘタになった煮込み野菜やピクルスを好む。

(長い冬に備えて生野菜より保存食系が発達したと思われる)

あと。保守的な西洋人の場合。

煮物のような、

食事なのに『甘い』というものは苦手な人が多い。

甘いものはデザートであり、食事は塩味のものなのである。

 

というわけで。これらを踏まえると。

やきそばならイケるような気がしてきた。

そして。

何百キロも離れたデュッセルドルフの人にお願いしやきそばを入手!

(注: デュッセルドルフは日本人街があり、日本食材が手に入る)

 

 よーっし!最後の最後だ。

食べたことないもので。

『旨い!』って言わせてやろうじゃねーのーっ!

 

 * * * そして。チームランチ当日の朝 * * * 

 

 彼らの好みに合わせ、野菜をクタクタに炒める。

それから。

焼きそばのコツなるものをネットで調べると。

麺を炒める時に鰹節をいれると味が良くなるとの事。

しかーし。彼らの中には。

= くさいという人もいるので。

『魚が入っている』とバレると食ってくれない。

なもんで。鰹節を粉々にしてバレないように

もし。聞かれたたら『ミートフレーク』と答えるもんねー。

ハッハー!よーし。下準備完了。

 

昼。会社で肉を切る。

やっぱなあ。会社のヘボい包丁ではバラ肉の塊は切れず。

ゴロンゴロンした肉になってしまった

ま。皆。肉大好物だからいっか。

なんとなく焼きそば完成!

 

さて。皆を呼び、皆カフェテリアに集合ー!

ほらほらー。見た事ないでしょー。この食べ物っ!

どやっ!

 

あれ~!? 

見た事もない食べ物に興味を示さないというか

皆。見ただけでうつむき、

『だんまり』になってしまったー。

あー。もう敗北決定。

1人の子はもうほんのちょっと。

おつきあい程度によそうだけ。

 

そして。やきそばっ。

皆の口に入りましたーっ!

その瞬間っ。箸が止まった!(フォークですが

「これ。魚。入ってる?」

 

まずいっ!バレたー!

「いや。入ってない。肉だよ。肉」と私。

すると。他の皆も。

「いや。魚の味がするー」と一斉に言った。

えーっ。魚の味を知っていたのか。

単に食わず嫌いかと思っていた

 

「あれ? 魚?入れてないけど~。あれ~?

パウダーに入ってたのかもー』と。

トボける私。そして。思わず。

「ごめーん」と言ってしまった

(あー。もー。バカーっ。謝るところじゃないのにー)

 

で。まあ。私も食べてみたのであるが。

やはり、隠し味で入れた。鰹節が強い。

これは失敗したかも

で、ゴロンゴロンした肉ではあまり出汁もでておらず。

やっぱり、イカなんかも入れないと味的にも間抜けな感じ。

まあ。イカなんて。

あんな妖怪チックな生き物を入れたら。

食べてもらえないけど

 

そんなわけで。結局。

私の責任もあり、惨敗に終わったわけだが

なーんかわかったのだ。

 

私は。ずっと、彼らの味覚を開拓したいと思っていた。

そして。私が。彼らの人生で。

最初で最後の日本人になることも自覚していた。

だから。

一生ヨーロッパを出ることはないであろう彼らに。

上から目線ではあるが。

もっと『世界は広いんだよ』って示したかった。

 

でも。私がやっていることは。

日本食を食べて満足して平和に暮らしている。

日本のおばあちゃんに。

世の中にはハンバーガーもステーキもあるんだよ。

と目の前に置いて。

『ほれ。食え』ってやっているのと同じだったのではなかろうか。

おばあちゃんはハンバーガーを望んでいないのに

 

日本食がおいしいというのは。

世界共通の感覚ではない。

こんなフツーのことが自分は分かっていなかった。

 

つまり。日本にいる外国人に。

日本は食事がおいしくていいでしょー。

とか言ってしまいがちだが。

それもかなり的外れで傲慢な発言なわけです。

 

だって。皆。自分の国の味が。

一番おいしいと感じるのだから

たとえそれが。

肉とジャガイモだってね (←またバカにしている)

 

そんなことを思った。

チームランチ最後の日であった